2021年5月16日日曜日

ついに「老」の仲間入り

 年々気力が劣り更新するのがおっくうに...

 5年ほど前から徐々に落ちてきていた視力だが、今年に入り新聞の活字がなんとか時間をかけて見えるほどにまで落ち、ついに4月になると漢字などはいくら手を伸ばして距離を取っても、時間をかけて焦点合わせても見えなくなる。

 仕事の資料を確認するのも困難を極め、ついに100円ショップのあれに手を出してしまう。+1.5では頭が痛くなるので、現在のところ+1.0でバッチリ見える。

 ついにこんな時がやってきた。

2021年1月11日月曜日

凄い偶然

今年2回目の出動。
海岸線を軽く流して、燃料を満タンにし、ガレージへ戻る。
キーをオフにする際、

何か並びのいい数字が目に飛び込んでくる。

キリ番やゾロ目など意図的にメーターを合わせることはあるが、今回はそういったことは全く頭にもなく偶然に、しかもズレることなくピッタリ揃っている。
下(しも)下がりではあるが、何だかいい気分に。
(ちなみに実走距離はメーター換装した時期があり+4427km)

2020年11月21日土曜日

今年も

やって来ました。
確か2〜3週間程度の期間だったはず。

すでに本日で5つめを食す。

2020年9月16日水曜日

秋田県湯沢市イチゴ農家出身

湯沢市は昭和29年に誕生した秋田県の市の1つ。
本日、湯沢市の農家出身の首相が誕生。
調べてみると菅首相は昭和23年生まれのため、平成17年に湯沢市に合併となった雄勝町、さらに遡ると昭和30年雄勝町合併前の秋ノ宮村出身とのことで、広義で湯沢市出身の首相ということになる。

これは菅首相が6歳の時の湯沢市ナンバー。
第99代首相とのことで「99」だったら、首相官邸に送り届けていたかも^^;)


2020年4月18日土曜日

1年経過

1年前にわずかの時間癒やされた桜並木が今年も満開を迎える。

ただ、今年は新型コロナウイルスの影響で「3蜜」を避けるよう要請が出ているため、シートを敷いての花見はできないことはないが、周囲の目を気にするとなかなか勇気がいる。
昨年と同じ場所での撮影だがこの時間帯はあいにく曇り。

その数時間後には晴れ渡り、ここから数キロ奥の桜並木は絶景。

お仕事車のメーターは1年で9000kmを加算。
時を同じくして車検を迎えた通勤車はこの1年で27000kmを走破。
運輸関係ではないが、仕事だけで高速道路ではない一般道を年間36000kmも運転している...

今年はユーザーの周りで車検代は41,950円
昨年までは
 平成31年 109,580円
 平成30年   43,800円(ユーザー) 
 平成29年 125,000円 
 平成28年   39,000円(ユーザー)
 平成27年 140,000円
 平成26年   40,000円(ユーザー)
 平成25年 190,000円
 平成24年   40,000円(ユーザー)
 平成23年   58,000円(ユーザー):ブーツ交換代含む
 平成22年 150,000円
 平成21年   91,000円
 平成20年   94,000円
来年はプラス27000km加算されると20万kmのため、タイミングベルト交換するようになれば平成25年の時くらいかかりそう...

2020年3月9日月曜日

ヨシムラコンプリートマシン

ヨシムラのコンプリートマシンはボンネビルに始まり歴代6モデルある。
中でもM450Rの中古は比較的手の届く価格帯。

13台中、Web上でいくつか目にすることができる(オーナー情報によると9台しか残っていないとの情報も)。

2009年に大阪で103万円で売りに出ていた車両。

 2010年にGOOBIKEで売りに出ていた1号車。

オートランド福岡西から出た車両。

カミナリレーシングのお客所有。

沖縄宜野湾市。

2018年にダイネーゼ台場の店員が購入。

どこかのサーキットにて。

これはダイネーゼ台場の店員か。

これはヨシムラ所有の0号車。

昨年、2号車の外装一式が売りに出ていたのが記憶に新しい。
新オーナーがヨシムラに興味がなかったのかオリジナルのDR-Zの外装に換装したための売却だった。価格は87000円。

7年ほど前に仙台で売りに出ていたのを目にしたが確か店頭売りで90万円ほどだったか…

それがついにSpec-Rの7号車が売りに出された。

2代目オーナーは転勤のため売却とのことだが転倒歴もあり外装が傷んでいるのが致命的。
BASまでの持ち込み可能か確認を取ったりはしたが、傷ありでも100万円で購入希望者がいるとのことで辞退。

夢のヨシムラコンプリートマシンを入手できる二度とない機会だったが、購入後のリペアなどの上乗せを考えると思いきれなかった。
3日程度だったが真面目に購入の交渉をできただけでも夢のような時間だった。