2017年8月19日土曜日

心機一転

リアップを続けて5年ほど。
進行が抑えられているのかよくわからないまま使用していたが、昨年から外仕事が多くなったせいか自他共に認められるほど一気に進行が進んだ。
これ以上放おってはおけない、と本日皮膚科を受診。

診察室に入り「以前、一度相談したことがあるんですけど」と言うと医者の左手部分に置いてあった「ザガーロ」の説明資料を間髪入れずに渡される。診察後の待合でわかったことだが、自分の前の人が待合で一生懸命、ザガーロの小冊子に目を通していたため、偶然にも自分の前の人も同じ内容での受診だったので資料が手元に取り出されていたのだ。

しかし、話を聞くと最新の薬だが月に1万円薬代がかかるとのこと。
以前相談した時はリアップと薬の値段はあまり変わらないということだったので聞いてみると、前に紹介したプロペシアという薬はザガーロと効果はあまり変わらないとのことで、肝機能など血液検査に異常がなかったため、それを処方してもらうことに。

さて、明日の朝から6ヶ月続けてみてどうなるか。
それにしても、皮膚科医の世界ではリアップは効果がないと結論付けられているようで、これまでの40万円近くの投資を早く投薬代に回していればよかったのかなぁと思ったり…

注意書きを読むとなかなか恐ろしい薬だ…

2017年4月23日日曜日

予感

ほぼ、1年投稿なし。
老眼が進み焦点が合いづらくなってきたし、何よりいろんなことに対する気力も落ちてきている。これではイカンと思いつつ…

ふと、新聞の宝くじ当選番号欄に目がいく。
かれこれ十何年も買ったことがないため関心もなかったが、西日本宝くじの抽選回数が「第2221回」というところに数字マニアとしてつい反応してしまった。

次が「第2222回」。
 これは何か縁があると思い、翌日22日にを最寄りの売り場へ買いに行く。
朝早かったせいかまだ開いておらず、昼前に再び出直す。
22枚欲しかったところだが10枚セットのため、20枚を4000円で購入。

午後2時にスクラッチを削り始める。
最初の10枚の中で7枚目に6等の200円を当てる。

10枚のうちに最低1枚は入っているであろう当たりで、これが出るとそれ以上の当たりはないかと思われた最後の1枚。

何と4等の1万円。

何かに当選するのは2年前の缶ジュースの自販機以来で結構テンションが上がる。
勢いに乗ってもう10枚も削ってみたが6等1枚のみ。
よく見ると引き換え期限が24日となっているので本日、再び出向いていく。
すると、昼飯で不在なのか「13:30までお待ち下さい」とのプレートが置いてあるではないか。
再度、出向いて換金する。
宝くじで当選したことがないので、バーコードを読み取り明細書が出て来ることを初めて知る。

それにしてもこの売場、その日の1回目は何故か閉まっていて縁があるのやらないのやら…

2016年4月30日土曜日

値上げ

軽自動車税の振込用紙が届いた。
すっかり忘れていたが今年度から大幅値上げされることになっていた。

総額で12,100円アップ。
結構、財布に堪える…

2016年2月2日火曜日

一生のお付き合い

 周りでクシャミを連発したり、鼻がかゆい、目がかゆいと言って花粉症に苦しんでいる人がいることは何となく認識していたが、自分が経験したことのない症状なので全く気にもとめていなかった。
 が、2007年に突然襲いかかってきた。最初は風邪かな?と思ったくらいで自分が花粉症になるとは夢にも思ってなかった。
 それまでは頭上の杉林から黄色い花粉が降り注ぐ中、仕事をしていたこともあるが、どうも容量オーバーとなり発症したのか、それ以降毎年1月中旬から11月中旬まで鼻のムズムズ感やクシャミが出る。症状がひどい時はいきなり噴水のように鼻水が吹き出す。そんな時は面白いことに鼻の奥で「プチッ」と何かが切れる感覚がある。目のかゆみはたまにある位なのが不幸中の幸いか。
 かなり前に診察してもらうと主は「ブタクサ」で、多少「スギ」も入っているとのこと。
 近年は箱の中で仕事をしているため症状は軽いが、今日の日中、軽いムズムズ感とクシャミが出始める。周りで風邪引きが数名いるので鼻風邪をもらったかと思ったが、よくよく考えると少し遅い花粉症のスタート…

2016年2月1日月曜日

お気に入り

およげたいやきくんに始まった音楽人生。

小学生時代は横浜銀蠅に狂い、中学校に入るとモトリークルーのトミーリーを師と崇め、ハードロックやヘヴィメタルの道へ。

高校に入るとカシオペアやエレクトリックバンドに出会い、神保彰やデイブウェックルのドラムにぶっ飛び、イエスやラッシュといった変拍子に取り憑かれ、フュージョンとプログレにのめり込む。平行して学園祭バンドでボウイやレベッカといったノリのいいポップスにも出会う。

そんな中、ドリームシアターのファーストアルバムがリリースされる。まさに自分がやってみたかったジャンルの音楽との衝撃の出会いで、今でもあの時の感動が忘れられない。あれから26年ほぼ毎日聴き続けているドリームシアターの待ちに待った新作が昨日リリースされアマゾンからディスクが届いた。

今の時代、リリースの数日前にはYouTubeで曲が先行公開されていたり、アマゾンの先行予約で発売日に届けてくれたりするよい時代になった。その昔は行きつけのレコード屋にスタンプカード持参で通ったのを思い出す。

マイクマンジーニに替わってからの2作目。1日遅れとなったが聴いてみよう。

2015年12月26日土曜日

メリハリ

 メリハリといえば思い浮かべるのが限定解除の一発試験。

 今やハーレーからの圧力で教習所で大型二輪免許を取得できるようになったが、当時は金曜日に免許センターへ出向き一発試験を受験しなきゃならなかった。受験前にまずは事前講習なるものを受けておく必要があった。その事前講習とは大型バイクの取り回しができるかどうか。タンクに砂を詰めて重くしてあるとの噂があったCB750fourのセンタースタンド掛け、転倒状態からの引き起こし、八の字を押してまわるの3項目をクリアする必要があった。この事前講習でさえ1回でクリアできない人がたまにいたそうだが、本番の一発試験の合格平均受験回数はその時何と16回か19回だった。月に4回しかないので、真面目に通っても5ヶ月位はかかる計算。郡部からの受験者は朝早い受験開始のため、免許センター近くに前泊している人もいたほど。

 行きつけのバイク屋仲間3人で挑んだ一発試験。乗車までの待機時間のヘルメットの持ち方も小脇にかかえるといった一発試験仕様。ヘルメットのアゴ部分を握って腕を下げていようものなら減点。姿勢や態度すべてにおいてマイナス要素があれば減点されるとの噂で受験者はしっかり守っていた。
 当時はアメリカンに乗っていたため、一本橋のバランスやスラロームなどの練習のために、後輩からTZR後方排気を借りて夜中駐車場で練習したりしたのを思い出す。
 受験者は自分の番が来ると当時の試験車FZX750に乗車し走行するわけだが、発進するまでに減点が基準を超え試験中止される人もいたような記憶がある。
 試験自体は各セクションを規定の時間以内か規定の時間以上で通過、停止するというもの。ただ、試験官のいる試験塔の下の直線を通過する際にはどこを通ってもいいわけでなく、道幅の左何分の1の所を通過しないとそれも減点されるという噂もあった。
 自分の苦手は一本橋。今では全く問題ないが当時は10秒以上が長く感じた。

 受験後は合格発表までひたすら待機。その間、前の週までに合格した人が買ったばかりのリッターバイクを見せにやってくる場面もあった。
 発表時間が近づくと、受験者控室とは別室の合格者発表の電光掲示板がある部屋へみな移動。時間が来たら横長の電光掲示板の右端から合格者の受験番号が左へと流れていく。
毎回受験者は20人くらいはいたような記憶があるが、掲示板に流れる受験番号は3つほど。ほとんどの受験者はため息をついてリベンジを試みる。しかし、中には20回を超えて受験し続けている人でついには諦める人もいたほど。それくらい、限定解除は高嶺の花であった。もちろん逆の話もあり、一発試験を1回で合格したという伝説的な話も話題に出ていた。
 自分が受験していた頃はコース使用料と受験料で1回2,500円。一緒に行っていた女の子は2回目の受験時、急制動で大転倒するも、何とわずか4回で卒業してしまう。残された男2人は非常に悔しい思いをしたのを覚えている。が、何とか自分も早い方で6回で無事卒業できた。この時の感動は今でも忘れない。掲示板に自分の受験番号が流れてきた瞬間、立ち上がって叫んでしまった。後にも先にも人前で大声出して叫んだのはこの時だけ。
 で、これが当時の免許証の裏面。

 限定解除の思い出話になったが、この一発試験でも通常の走行中もそうだが、コーナリングやブレーキングはアクセルワークや体重移動など「メリハリ」が大事。 開けるところは開ける、緩めるところは緩める。仕事においてもダラダラやるのではなく、そういったメリハリが大事だと感じる今日この頃。

2015年12月25日金曜日

カラオケ

 半ば強制的に加入させられた地区防災会。
 
 水路の工事や清掃などで水路に水がない時に、地区を巡回し「火の用心」と呼びかけるのが主な仕事。その日は待機の番であったが、年配者から腰が痛むので代わりに巡回してくれと頼まれる。
 初対面なのに無茶振りするこの人は何者?と思ったが、不思議と人柄的にすんなり受け入れられた。巡回開始時間までの間、雑談して過ごす中でその年配者が「毎週この公民館でカラオケクラブをやっているので入らないか」との話。飲み会でカラオケを強要された際にも自分がよく使う常套手段「自分は歌じゃなく、バンドの方ですから」を登場させ、サラッとかわせるものと思いきや、先方のツボに思いっきりハマってしまうこととなる。

 不思議なものでその日に防災会で初めて顔を合わせた4人の中でその年配者(Oさん)は御年65歳で現役のギター弾き、もうひとり(Yさん)も昔ギターをやっていて、つい最近、中古でギターを購入し再び弾き始めたとのこと。
 自分もたまたま昨年夏にちょうど10年叩いていないドラムセットを引っ張り出してきて河川敷で叩いてみたところだった。 

 これは20歳の時、神楽坂エクスプロージョンで演奏していたパワーハウスのドラムT師匠宅のセットにて。
 

 話はあれよあれよと進み、Oさんのレパートリー曲を披露するので翌週各自楽器を持って集合することになった。で、つい先日お互いに演奏をお披露目することに。速弾きは見慣れているが50年弾き続けているOさんの十八番の速弾きには65歳という年齢は全く感じられず。
 同年代のYさんも防災会の時のおっさんクサイ服装とは打って変わって、バンドマンらしいGジャンGパン姿でアンプとエフェクタを持参し当時のラウドネスやアースシェイカー、ARBなど懐かしい曲を披露。
 自分はスネアだけの持参だったが30分ほど軽く音合せをしたのち雑談。何と、次はフルセットを持ってきて何曲か演奏してみようということに。さらに話は展開し、来年夏の公民館での発表会や地区のお祭りで演奏しようという話まで出てきた。
 これまでOさんは地区の祭りで単独ギター演奏を披露していたようで、一緒にできる仲間を熱望していたそう。
 そんな中、バンド経験者がたまたま当番で組み合わさってしまったという何とも不思議な縁。自分がつい登場させた常套手段によってここまでの展開をみせることとなったわけだが、みな言わないだけで地区内にも経験者は何人かはいるであろう。
 Oさんには地区内でベーシストを何とか見つけなければ、という新たな野望が生まれることとなった。